伊豆大島へ

2005年11月12・13日

毎朝一緒にラジオ体操をする仲間に誘われて、「新宿ラジオ体操連盟」の大島旅行に参加しました。

日本各地にある大島と区別するため、全国的には伊豆大島と呼ばれています。
行政上は東京都大島町で、車は品川ナンバーです。

朝8時に 超高速ジェット船で出航予定でした。
早稲田から地下鉄東西線で日本橋、銀座線に乗り換えて新橋、更にゆりかもめで竹芝へ。
集合の7時半より早めに着きました。
ところが、低気圧が来ているので
朝の便は全て欠航の張り紙が。
12時50分の便は11時30分頃決定との張り紙も。
個人旅行でしたら中止して帰ってしまうところですが、団体旅行なので、リーダーの指示を待ちました。
屋上へ出たり、お茶を飲んだりして、延々と
13時05分の出航まで時間を潰しました。
天気は回復し、日も出てきて一安心でした。

  
待合室 と 屋上

超高速ジェット船は速いこと速いこと、その日 着いた元町港まで1時間45分でした。 

まず奇怪な壁画がお出迎え。ターミナルには波の形の石のオブジェ。
  

しばし町の散策に。

赤  門

元町港近く朱塗りの門があり、その名もずばり“赤門”。
その昔、弓の名人と伝えられた源為朝が保元の乱(1156)に敗れて捕らえられ、
伊豆大島へ流刑となりまた。ここは為朝が住んだ館跡と伝えられています。為朝は流人の身でありながら、
伊豆の島々を制圧し勢力を張り出したため、やがて朝廷に知れることとなり、征伐されてしまいました。
為朝の住居は後に代官屋敷となり、
現在はこの格式ある朱塗りの門と屋敷内には「為朝神社」や物見台、抜け穴跡などが残っています。

 

為朝神社(頭殿神社) と 抜け穴
  


元町港

バスで今夜の宿 「ほっとセンター波浮」 へ向いました。

地層切断面

元町港から波浮に向かう島一周道路沿いにある地層切断面は、 150万年前から
数百回に及ぶ三原山の噴火によって、火山灰が幾層にも重なってできた地層です。
一代の火山弾や火山灰で形成され砂岩層、
湿った黒い層の玄武岩質と乾いた白い層の安山岩質作る縞模様は約90層を数えます。


まるで大きな バームクーヘン の様です。(バスの中から)


バスの中から見た 利島

波浮港

野口雨情作詞・中山晋平作曲の『波浮の港』で一躍有名になった波浮港は、
かつては火山の火口湖でしたが、大津波で海とつながり、その後がけを切り崩し港口を広げ港となりました。

1 磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
  波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
  あすのひよりは
  ヤレホンニサ なぎるやら

2 船もせかれりゃ 出船のしたく  
  島の娘たちゃ 御神火ごじんかぐらし
  なじょな心で
  ヤレホンニサ いるのやら

その夜は大広間で宴会でした。

翌朝は6時20分頃から集まって、テープで「みんなの体操」 6時半からラジオ体操をしました。
  
宿の庭に咲いていた椿ですが、まだ全体的に椿には早いようでした。

体操の後、朝食までの間近所を散歩。椿の林の中です。

実はこのウォーキングに参加の為でした。
マラソンには遠く愛知県からに参加した人もいたようです。
マラソンは砂漠を、ウォーキングは山道だったようです。膝が痛いので、私は遠慮しておきました。

開会式で挨拶する助役さん。町長は東京へ出張中だそうです。

  
左 ウォーキングに出発前の人達 と 右 到着地点で3着でゴールするマラソンランナー。

ゴール地点には 暖かい「あしたば汁」が用意されていました。
  
 警視庁のミニパトカー2台、大島町の車2台が要所要所に待機していたようです。

  
パトカーの中には浮き輪が乗っていました。アンコ娘の衣装を借りて。

ロゴ入りTシャツを戴きました。

  

三原山

島の中央に位置する標高764mの三原山は御神火様として昔からあがめられてきました。
ハワイのキラウエア火山・イタリアのストロンボリー火山と共に 世界三大流動性火山の一つに数えられています。
1986年、210年ぶりの大噴火が起きましたが現在は平静を保っています。

帰りに赤い蘇鉄の実を見つけました。

車の通る道の街路樹に

赤い実がぎっしり付いていました。

   

大写しになると迫力がありますよね。

中央の塔は火力発電所で、全島の電気を賄っているそうです。

元町港から左の“かめりあ丸”で帰途につきました。右は超高速ジェット船“セブンアイランド愛”です。

  

その日は磯釣り大会も開かれたようで、船の中には釣り道具で溢れていました。
  

帰りは大型客船で、横浜にも寄港し5時間ほどかかり、竹芝には8時頃着きました。
1等客室(和室)でしたので、マットが敷いてあり、楽々と横になってきました。

横浜の夜景です。
  

三原山の火山砂利を胎土(たいど)に利用した「大島焼のぐい飲み」 「椿油」と拾った「蘇鉄の実」。
  
先日友人のHPで知ったばかりの、椿の実の硬い殻がはじけたもの。

最後に元町港で買った 「ブバルディア」 という花です。売っている人も和名は知らないそうです。300円。

大島に人が住みはじめたとされるのは約8,000年前からだそうで、、
噴火、台風、火事、地震…さまざまな歴史をくり返し、便利になったとは云え、
いまでも自然の前には人は無力なものだと、低気圧が去った海上を眺めながら思いました。

終わり  2005・11・16 作成

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