向島百花園

2004年1月6日 向島百花園へ七草粥を食べに行ってきました。

昔は一月七日に「七草なずな 唐土の鳥が渡らぬうちに とことんとことん」 と七草をきざんで

七草粥を作って食べたものでした。それで松の内も終わり、つまりお正月が終わったのでした。

今年は自分で作らず、百花園で七草粥を食べてお茶を濁すことにしました。

江戸の町人文化が花ひらいた文化・文政期(1804〜1830)に、 

「四季百花の乱れ咲く園」として造られ、唯一現代に残る江戸

時代の花園だそうです。

早稲田〜(都電)〜大塚〜(国電)〜北千住〜(東武伊勢崎線)〜東向島  と乗り継いで行きました。

門を入ると可愛らしい七草籠が飾ってありました。 

春の七草は、古来災いを除き長寿を得る植物として食用に供されました。セリ、ナズナ、

ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これらを竹篭に植え込んだ七草籠を

明治以来のならわしで、新春、皇室に献上しています。(パンフレットより)

 

七福神の一つ福禄寿尊が祀られています。

 

福禄寿は幸福、高禄、長寿の神です。背が低く額が長く、口髭、顎髭があり、

経巻のついた杖を持っています。中国では南極星の化身とされています。

南極星は中国から肉眼では滅多に見られないので、めでたい星とされています。

茶店「はなやしき」で七草粥(700円)をいただきました。

 

これは園内にあった、大きな七草籠です。

水仙と椿が咲いていました。

 

左は御成座敷です。

 

石橋時代の日本橋の石柱(模造品)で文字は徳川慶喜と伝えられています。

 

右は有名な萩のトンネル。

 

カリンが沢山成っていました。

 

帰りに近くの白髭神社にもお参りしてきました。七福神の薦冠りが奉納されていました。

 

おすもじ処 うを徳 の看板が目につきました。寿司やとは思いましたが、調べてみました。

物の名を直接に云うことを避け、ある語の頭の一音ないし二音に「もじ(文字)」という語を

添えて云うものを文字詞(もじことば)と言います。中世後期の女房詞から起ったそうです。

湯具を「ゆもじ」 はずかしいを「はもじ」とか。

この日も一つ利口になりました。

2004/1/16 作成

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